夫は、結婚した当時から口癖のように「俺は必ず出世するから。」と言っていました。そして、その言葉通りに夫の役員就任が内定した時‥思いもよらない落とし穴が待ち受けていました。夫の同期でもあった部下が不正をし、そのことで夫に泣きついてきたというのです。不正が発覚すれば、当然上司である夫も責任を取らねばならず役員にはなれない‥それを見越した上で夫にその不正の穴埋めをして、無かったことにしてくれと言ってきたと言います‥。
もう、これで夫の役員昇格の話は無くなった‥私はそう思いました。たとえ同期の部下の頼み事であっても、そこに昇進がかかっていたとしても‥真面目な夫は正しい決断をするだろうと。
ところが内定は取り消されることなく、夫は役員に昇進しました。そしてそのことについて、私は怖くて夫に聞く事が出来ませんでした。
そんなこともいつしか忘れて、穏やかで幸せな日々が続くと思っていた矢先、夫は癌になりました。おそらく、あまりに大きな精神的ストレスが彼の身体をも蝕んでいったのではないかと私は今でもそう思っています。
人は幸せになる為に生まれてきたと言います。が、人それぞれ幸せの形は違い、それは自分の思い描いていた幸せとは違うものであったりします。「社会運」にも「総格」にも恵まれなかった夫にとっての幸せはなんだったのでしょう。少なくとも「出世」ではなかった。あの時の決断が彼の寿命を縮めてしまったとしか、私には思えないのです。
